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痛みを感じる

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痛みを感じる

例え自分が100%正しいと確信していても、誰かに「違う」と怒鳴られたら、反発したい気持ちを押しのけてぺこんと凹んでしまう。「怒鳴る」という行為はその理由がなんであれ、とても失礼なことだと思う。言葉の暴力とは、言葉自身が持つ剣を指すことが多いが、そのトーンや音量も十分に暴力となると思うのだ。

怒鳴ることは人間の口からだけ出るものでは無い。私が言っているのは車のクラクションだ。交通上、もちろん注意をするために必要不可欠なもので、使い方を間違えなければ有難いものとなるのだが、人間は自分が大きくなると弱い者をいじめたくなるのだろうか。車という鎧に守られて、人は大きくうぬぼれ、不必要にクラクションを鳴らす。そして私はクラクションを聞くと、人が怒鳴っているのと同じような心の痛みを感じる。

車に乗る機会も少なかったこともあり、日本でどのように皆がクラクションを使っていたのかもう忘れてしまった。ここアメリカは車社会。車は生活と切っても切れない関係だ。私は頑張って仮免までは行ったものの(←クリック)の助手席にだけ座ることを選択したが、その横に座っていても、嫌な音は耳に入り、ついでに鎧に守られている中の人物の嫌なジェスチャーも目に入る。もしも、その対象人物が生身の身体で目の前にいたら、同じように怒鳴り、同じようなジェスチャーをするのだろうか。そうとは思えない。それは失礼過ぎるから。

強い者が弱い者をいじめるかのように見えてしまうこれらのことを、私は哲にはしてもらいたくない。哲がいつでも正しいのは分かっているのだが、哲がクラクションを鳴らしたり、アメリカ人のようにジェスチャーをするのは見ていられないからいつも「やめて」と言ってしまう 。
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